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札幌高等裁判所 昭和62年(ネ)333号 判決

札幌市〈以下省略〉

控訴人

右訴訟代理人弁護士

廣川清英

山崎俊彦

矢野修

小田勝

高橋剛

武部悟

東京都新宿区〈以下省略〉

被控訴人

日本コープ株式会社

右代表者代表取締役

Y1

札幌市〈以下省略〉

被控訴人

Y1

東京都板橋区〈以下省略〉

被控訴人

Y2

東京都三鷹市〈以下省略〉

被控訴人

Y3

東京都江戸川区〈以下省略〉

被控訴人

Y4

右五名訴訟代理人弁護士

池内精一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らは、控訴人に対し、各自一三二〇万円及びこれに対する被控訴人Y1においては昭和六一年五月三一日から、その余の被控訴人らにおいては同月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  訴訟の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨の判決並びに仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、いわゆる海外商品取引業者である株式会社に海外先物取引を行うことの委託をした顧客が、同会社の代表取締役、取締役及び従業員による会社ぐるみの違法な取引の勧誘の結果委託保証金を騙取されたとして、民法七〇九条、七一九条に基づき、同人ら及び同会社に対し損害賠償として右保証金相当額及び弁護士費用並びにこれらに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被控訴人日本コープ株式会社(以下「被控訴会社」という。」は、昭和六〇年一一月一六日設立され、海外商品市場における上場商品の先物取引の受託等を業とする株式会社である。

2  昭和六一年頃、被控訴人Y1は、被控訴会社の代表取締役、被控訴人Y2は、被控訴会社の取締役営業部長の地位にあり、被控訴人Y3、同Y4は、被控訴会社の従業員として控訴人との取引を直接担当してその取引に従事した(以下被控訴人Y1、同Y2、同Y3、同Y4の四名をあわせて「被控訴人四名」という。)

3  控訴人は、昭和六一年三月七日、被控訴会社(担当者はその従業員である被控訴人Y3及び同Y4)との間において、控訴人を委託者、被控訴会社を受託者とする海外先物取引基本契約を締結して、同月一〇日から同年四月一四日までの間に数回にわたって、被控訴会社に対しニューヨーク・コーヒー・砂糖・ココア取引所(以下「ニューヨーク取引所」という。)におけるコーヒー豆(海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律施行令によって同法の適用を受けるものとされた商品である。以下単に「ニューヨーク・コーヒー」という。)の先物取引を行うことを委託し、その委託保証金として被控訴会社に対し、同年三月一〇日、同月二四日及び同月二八日に各三〇〇万円、同月二〇日及び同月二一日に各一五〇万円、合計一二〇〇万円を預託した。

4  被控訴会社から控訴人に送付された取引報告書には、控訴人の指示により被控訴会社がした取引内容として原判決添付別表第一のとおりの記載があり(以下これらの取引を一括して「本件取引」という。)、その差引損益残高勘定として原判決添付別表第二のとおりの記載がある(そのうち、原判決添付別表第一の番号1、3の取引について控訴人から被控訴会社に対し売付け又は買付けの指示があったことも争いがない。なお、原判決中、二枚目裏九行目、四枚目表六行目の「5、6」はいずれも「5、6、7」の誤記と認める)。

なお、ニューヨーク・コーヒーの売買単位は、三万七五〇〇ポンドであり、その一単位は、一枚と呼ばれる(証人A)

二  争点

控訴人は、「被控訴会社は、顧客に取引の勧誘をするに当たり、事実は顧客の委託を忠実に執行する意思がなく、また仮に顧客の委託を執行したとしても、無断売買、コロガシ、両建て、仕切拒否などのいわゆる客殺し商法を駆使して顧客の損失を生じさせたうえ、顧客の委託した取引に関し向かい玉を建てることにより顧客の右損失を被控訴会社の利益として帰属させる意図であるのに、あたかも顧客の利益のために忠実に商品取引委託業務を遂行するが如く装って顧客から委託保証金名下に金員を騙取することを企図し、その実行を会社の営業方針としていたものである。そして、被控訴人らは会社ぐるみ一体となって、控訴人に対し、右のような企図を秘して本件ニューヨーク・コーヒーの先物取引委託を勧誘し、その旨誤信した控訴人から委託保証金合計一二〇〇万円の交付を受けて右金員を騙取したものである。」と主張している。

右主張の当否が本件の中心的な争点であるが、さらにこれを分説すれば次のとおりである。

1  別表第一の番号2、4ないし8の取引(以下あわせて「番号2等の取引」といい、その個々の取引を「番号2の取引」のようにいう。)は、控訴人の委託に基づかないでされたものであったか否か。

2  本件取引は、取引所に取り次がれないままのいわゆる「のみ取引」(以下単に「のみ取引」という。)又は取引所に取り次がれるものの同時に被控訴会社が相対する注文を取引所に取り次ぐいわゆる「向かい玉取引」(以下単に「向かい玉取引」という。)であったか否か。

3  被控訴人らが控訴人に先物取引の委託させた行為は不法行為としての違法性を有するか否か。

4  被控訴人四名及び被控訴会社の責任の有無。

三  証拠関係

原審記録及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(番号2等の取引に関する控訴人の委託の有無)について

証拠(原審及び当審における控訴人本人)によれば、控訴人は、あらかじめ番号2等の指示又は承諾をしたことがなかったが、その後番号6の取引については、取引の追認をしたこと、しかし、その余の番号2等の取引(番号2、4、5、7、8の取引)については追認等をしたことが全くなく、被控訴会社において勝手に控訴人からの取引の委託があったと扱っているにすぎないことが認められる。

もっとも、控訴人は、昭和六一年三月二八日にも被控訴会社に三〇〇万円を預託しているが、右証拠によれば、控訴人は、被控訴会社に手仕舞したいとの申入をしたところ、被控訴会社側からそのためには見せ金が必要である旨告げられたため、この三〇〇万円を預託したことが認められ、この分の預託の事実は右の認定を左右しない。

二  争点2(のみ取引又は向かい玉取引の有無)について

1  (証拠等により明らかな事実―被控訴会社における取次の態勢)

証拠(甲第三号証、乙第四号証の一ないし一六の存在、第五号証、被控訴人Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴会社においては、顧客からニューヨーク・コーヒーの先物取引の注文を受けたときにその注文をニューヨーク取引所において執行する方法として、次のような系列の取次態勢が一応整えられていたことが認められる。

すなわち、被控訴会社は、自己を取引の発注者として、香港所在のゴールドストック・コモディティ(香港)・リミティッド(以下単に「ゴールドストック香港」という。)に先物取引の注文の取次を委託する。右注文は、同社からカナダ国トロント市所在のゴールドストック・コモディティ(トロント)・リミティッド(以下単に「ゴールドストックトロント」という。)、同市所在のレフコ・フューチャー・リミティッドを順次経由して、アメリカ合衆国ニューヨーク市所在のニューヨーク取引所の正会員であるレフコ・インコーポレーティッドに取り次がれて、ニューヨーク取引所において執行される。その注文に基づく売買がされると、売買の結果は、レフコ・インコーポレーティッドから右の系列とちょうど逆の系列を経て、被控訴人に報告される。

2  (被控訴人Y1らの供述)

そして、被控訴人Y1、証人Bは、次のとおり供述している。

(一) 被控訴人において、顧客からニューヨーク・コーヒーの先物商品の注文を受けたときは、必ずニューヨーク取引所において注文の執行がされた

すなわち、その場合、被控訴会社では、定型のオーダーシート(その用紙は乙第一号証の一ないし九に用いられたものと同じ)に記入をしてファックスを用いて直接香港のゴールドストック香港に注文を出し、同社は、ゴールドストックトロントに対しファックスを使用して文書(その用紙は乙第二号証の一ないし九に用いられたものと同じ)を送信し、以下1に記載のとおりの系列の取次態勢を経由して必ずニューヨーク取引所において注文が執行され、その執行後、その逆の系列を経由して、ゴールドストックトロント又はゴールドストック香港から最終的に被控訴会社にファックスにより文書(その用紙は乙第三号証の一ないし九に用いられたものと同じ)が送られ、更にその後ゴールドストックトロントから国際郵便により確認書(その用紙は乙第四号証の一ないし一六に用いられたものと同じもの)が送付されて注文の執行が報告された。そこで、この確認書に基づいて、被控訴会社において顧客ごとに取引結果を仕分けして「売付・買付報告書及び計算書」との標題のある報告書(その用紙は甲第一号証の一ないし一六に用いられたものと同じ)を作成し、顧客に送付した。

もっとも、被控訴会社では、取次態勢が整えられた当初の一時期のみ神戸市所在の紀栄貿易を経由してゴールドストック香港に注文を出した。

(二) そして、被控訴会社がこの系列を経由して顧客からの注文を執行する際には、売買付出しと称して、被控訴会社は、複数の顧客から受けた注文を各限月毎に総計し、反対建玉は差引き勘定をしたうえ、残った建玉に対応する反対建玉を自社玉として注文していた。したがって、委託保証金を被控訴会社からゴールドストック香港に送金する必要は生じなかった。

(三) ところで、被控訴会社は、ゴールドストック香港に対し、日本国内にある同社の非居住者銀行口座に一定の余剰額を預け入れ同社がそこから手数料相当額を控除し、一定額を割り込んだときは被控訴会社が同口座に振り込み送金する方法で、自己玉を含め建玉の注文に伴う手数料を支払っていた。

(四) 担当者から控訴人の件については問題がないと報告を受けており、控訴人から本件取引に係る注文も間違いなくニューヨーク取引所で執行されているはずである。

3  (被控訴人Y1らの供述に沿う書証)

右の各供述に沿うように、控訴人による番号1ないし8の取引の対応する乙第一ないし第三号証の各一ないし九、第四号証の一ないし一六が提出されており、甲第一号証の一ないし一六にも同趣旨の記載がる。

4  (のみ取引の有無の検討)

(一) 甲第一号証、乙第三、第四号証の各五には、昭和六一年三月二〇日に番号1の取引に係る同年三月限の三枚のニューヨーク・コーヒーの玉を単価二五七・五〇ドルの値段で売却して手仕舞をした旨の報告が記載されている。ところが、証拠(甲第五号証、証人B(一部)によれば、ニューヨーク取引所においては、昭和六一年三月限のニューヨーク・コーヒーは、同年三月一九日に取引されたのが最後で、同日における単価も終始右の値段より低かったこと、同年二〇日には同年三月限の玉の取引はなかったことが認められる。いかに中間に経由する業者の数が多いと言っても、取引の性質上、前記1の系統どおりニューヨーク取引所にこの手仕舞の取引の注文が執行されたうえで、このような過誤が生じたとは考えられず、この売りの取引の注文は執行されなかったと推認するほかはない。また、証拠(証人B(一部))によって明らかな、ニューヨーク取引所から被控訴会社に対しニューヨーク・コーヒーの現物の引取り要求がされたことはなかったとの事実と対比すると、番号1の取引の買い注文も執行されなかったと推認せざるをえない。こうしてみると、前記各証は、少なくともその信用性を認めることはできず、延いては乙第三(原本)、第四号証の各五の成立にも甚だ疑問があるといわなければならない。

(二) また、番号8の取引の手仕舞に対応する証拠として甲第一号証の一六、乙第四号証の一六が提出されているが、ゴールドストックトロントが作成したはずの後者には、備考欄に新規取引(「NEW」)である旨が記載され(もっとも、「NEW」という文字には斜線が引かれ抹消されているような外観を呈しているが、同欄には売買の結了の場合には必ず明記されるはずの先行取引の記載がない。)、手仕舞の証拠として提出されたその余の乙第四号証には記載されている新規建玉時に関する記載がない。これに対し、前記2の(一)の供述による限りそれを引き写したはずの前者には手仕舞である旨がはっきり記されている。

新規建玉と手仕舞とでは取引上効果に大きな差異があることは公知の事実であり、取次業者であるゴールドストックトロントがこのような重要な点で間違いをするとは考えられないから、この手仕舞の取引も執行されなかったと推認せざるをえない。そして、本件全証拠によっても番号8の取引について売買目的物の決済をめぐって被控訴会社又は控訴人とニューヨーク取引所との間で紛争が生じた事実があるものと認めるには足りないから、この手仕舞に対応する番号8の新規取引も執行されなかったと推認され、真実乙第四号証の一六がゴールドストックトロントの作成に係ると認めることはできないし、また、甲第一号証の一六の記載は同社からの注文執行結果の報告に基づかないで記載されたものと判断せざるをえない。

(三) 更に、前記2の(一)及び(二)の供述が真実であるならば、当然被控訴会社からゴールドストック香港に対するオーダーシートには被控訴会社の自社玉に相当する建玉の記載があり、その建玉によって売りと買いの注文が全体として平衝状態とされているべきであるのに、そのオーダーシートである乙第一号証の一ないし九にはその自社玉に該当すべき建玉の記載は見当たらず、他にその自社玉を記したオーダーシートがあることを認めるべき証拠はない。

(四) しかも、乙第一号証の一ないし九は、単なる定型用紙に被控訴会社側で鉛筆で書込みを施した体裁の文書にすぎない。また、乙第二号証の一ないし九は、本訴が原審に提起された昭和六一年五月二一日以降にファックスで送付されたもののコピーであるにすぎず、被控訴人Y1自身そのうちの一枚を示されても外形上それが被控訴会社からゴールドストック香港に送付したものであるとは判明しないことを自認する供述をしており、これらが当然に被控訴会社の取引を示すものでないことは明らかである。乙第三号証の一ないし九も、被控訴会社の取引との直接の結付きを示す記載のないファックスのコピーでしかない。乙第四号証の一ないし一六も、定型用紙が用いられ、タイプライター等を用いてまとめて打ち込むことのできる類いの書類にすぎないし、ゴールドストックトロントが何故煩瑣を厭わず被控訴会社の一顧客にとどまる控訴人の個々の取引をこのような書面で報告する必要があるのかは本件証拠によって明らかにされていない(被控訴会社は、顧客の注文をとりまとめ被控訴会社の名で取次業者を介して取引所会員業者に先物取引の委託を行うのであるから、被控訴会社の顧客と取次業者ないし会員業者との間には直接の法律関係は生じないはずであり、これらの業者が被控訴会社の委託に基づく取引結果を同社の顧客別に仕分けして同社に報告することは通常考えられないところである。)。更に、甲第一号証の一ないし一六は被控訴会社の作成に係り、それらが被控訴会社がのみ行為に出たことを否定する資料とならないことはもちろんである。

そして、前記(一)ないし(三)において述べたとおりこれらの書証の中には成立に甚だ疑問があるもの、明らかに虚偽の記載を含むと考えられるものが含まれている。

したがって、前記3に掲記の書証は、いずれも、被控訴会社が本件取引をニューヨーク取引所に取り次いだことの認定には供しえないというほかはない。

(五) これに対し、被控訴人らにおいては、訴訟代理人に申し出て前記2の(三)の手数料送金に係る証拠等のみ行為の疑念を払うべき客観性のある証拠資料を容易に提出しうると考えられるのに、それらは提出されていないし、被控訴人らから訴訟代理人にその申出をした形跡も全くない。かえって、証拠(証人A)によれば後記の紀栄貿易に対する送金を除けば、ゴールドストック香港に対してはこの手数料は支払われなかったことが認められ、被控訴人Y1らの供述は、重要な点で信用性に疑問があるといわれなければならない。

(六) これらの点を総合すると、前記2の供述を採用し、前記3掲記の各書証に基づいて、被控訴会社において本件取引の注文をニューヨーク取引所に取り次いで執行したと認めることはとうていできず、むしろ、乙第一号証の一ないし九、第四号証の一ないし一六はゆうに訴訟に備えて後に作出されたものと推認することができ、このような作出行為までされている以上、後記三における認定事実をも総合すれば、他に特段の事情の認められない本件においては、被控訴会社は本件取引(したがって、控訴人から委託を受けた番号1、3、6の取引を含む。)をニューヨーク取引所に取り次がず、控訴人との間で自己が相手方となって売買を成立させたもので、のみ行為をしたと認定するのが相当である。

三  争点3及び4(違法性の有無、被控訴人ら各自の責任の有無)について

1  証拠(甲第八号証、証人A、同B(一部)、被控訴人Y1本人(一部))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) Cは、昭和五七年五月から豊田商事株式会社に勤務し、昭和五九年一月にその営業本部統括部長の地位に就いたが、同年八月二一日、金融先物取引等を目的とする日本アイビー株式会社(以下単に「日本アイビー」という。)を設立してその代表取締役に就任した。ところが、昭和六〇年頃いわゆる豊田商事事件が発覚し、その幹部であったCにも疑惑が及ぶようになり、日本アイビーも豊田商事株式会社と同様のいかがわしい会社であるとの風評が立ち、従業員の退職、顧客からの保証金の返還要求が相次いだ。そこで、Cらはこれらの風評から経営を防御する目的で日本アイビーを三分割して新会社を発足させたが、そのうち北海道方面の営業を引き継いで設立されたのが、被控訴会社であった。被控訴会社は、そのため、日本アイビーの債務のうち一億円を超える分を引き受けた。

被控訴会社は、本店こそ東京都新宿に置いているものの、設立当初の一時期を除き、取締役である被控訴人Y1、同Y2、Bの三人も札幌市に常駐し、その活動はもっぱら北海道方面に限られていた。

(二) 被控訴会社は、昭和六一年三月頃以降、ニューヨーク・コーヒーの海外先物取引の媒介、取次以外にはほとんど収入を得る経済活動をしていなかったが、その取引媒介、取引による手数料収入は、一か月平均でせいぜい五、六百万円にすぎなかった。しかし、取引に入る顧客から被控訴会社に預託される委託保証金の総額は、一か月平均で数千万円に達していた。

これに対し、被控訴会社の経費は、三〇名を超える従業員に支払う給与、事務所の賃料等の経常経費が月額約二〇〇〇万円にのぼり、更に顧客から一定額以上の委託保証金の預託を受けた従業員に支払われる歩合給が月額約三〇〇万円にも達し、また日本アイビーから引き継いだ債務の支払も月々されていたが、手数料収入によってはとうていこれらの経費及び債務の支払はまかなうことはできなかった。当然のことのように顧客から預託を受けた委託保証金が運用もされないままそれらの支払の原資に当てられ、同種事業所の従業員に比し高額の従業員給与等の支払にも遅滞が生ずることもなかった。その収支状況は、取締役の被控訴人Y1、同Y2のほか、営業担当の被控訴人Y3、同Y4も知悉していた。

このようにしていて顧客から預託された委託保証金が濫費された結果、昭和六一年一一月二八日被控訴会社が強制捜査の対象とされた頃には、被控訴会社の顧客に対する委託保証金債務の合計は約七七〇〇万円にのぼったのに対し、費消されずに被控訴会社に保留された委託保証金はわずかに約五〇〇万円程度のみであった。

(三) 被控訴会社ではニューヨーク・コーヒーの海外先物取引の開始に当たり、ゴールドストック香港と契約書を交わして前記のとおりの顧客からの注文の取引の態勢を整えたが、その際、同社以降の会社に調査するなどの関心を払うことは一切せず、そればかりか、ゴールドストック香港とすら直接又は電話で交渉をしたことはなかった。仲立ちをした紀栄貿易からもたらされた契約書に、その細部について検討しないまま、被控訴人Y1が代表者として署名して契約を締結した。

被控訴会社においては、会社設立当時からゴールドストック香港等に取引の委託保証金を送るつもりは全くなく、そのために、被控訴会社は、顧客との取引がされてゴールドストック香港に注文を取り次ぐ場合にも、注文を各限月毎に総計し、反対建玉は差引き勘定をしたうえ、残った建玉に対応する反対建玉を自社玉として注文すること扱いをしていた。

(四) 被控訴会社では、ゴールドストック香港に注文が出された分についても、同社からその先の会社を経てニューヨーク取引所につながれているか、全く確認せず、誰も関心を払っていなかった。そして、ニューヨーク・コーヒーの先物商品の取扱いを始めてから、顧客の注文がゴールドストック香港に取り次がれる場合には、被控訴会社は、紀栄貿易によりその注文を受け継がせ、同社に対し、仲介手数料と称して毎月一定の日に月額約二〇万円程度を支払った。しかし、他に商品取引に伴う委託保証金、取引に伴う電話代等の経費が被控訴会社から同社等の仲介者に授受されたことは全くなかった。

他方、被控訴会社には外国語に堪能な取締役、従業員はおらず、少なくとも昭和六一年五月以降にはカナダ、アメリカとの郵便物のやりとり、取締役、従業員の往来は全くなかった。また、ニューヨーク取引所においては、いわゆるザラバ取引の方法が行われ、ニューヨーク・コーヒーの海外先物取引の相場も当然時々刻々に動いて行くのに、被控訴会社においては、海外相場の値動きは、一日一回午前八時頃紀栄貿易から連絡がされるのみで、時々刻々に連絡される態勢とはされておらず、また、日本時間の深夜に海外相場が急変を始めたときに顧客がそれに対応する措置をとることを考えたとしても、被控訴会社にはそれに対応する態勢は全く整えられていなかった。

(五) 被控訴会社では、不特定の学校の同窓会名簿を入手し、その名簿に搭載された者に対し無差別にニューヨーク・コーヒーの先物の取引の勧誘をしたこともあり、顧客の資力の調査をすることもなく、取引の勧誘にあたり顧客の資金力に顧慮を払うこともなかった。

(六) 被控訴会社の顧客が先物商品の玉を建てたところ、相場に変動が生じて顧客に計数上の損失が生じたときは、その顧客は取引を手仕舞して損害を確定させることができるが、追証拠金を積んでその取引を維持する方法もある。被控訴会社では、その際、指導と称して顧客に強力に働きかけて、従前の建玉と反対向きの玉を建てるいわゆる両建をさせ、被控訴会社の手数料収入の確保することにも努力が払われていた。また、相場が顧客に有利に変動して行く場合にも、早めに手仕舞をさせてその利益の幅を低く押さえるほか、同じく指導と称して強く顧客を説得し、更に次の取引に入らせてその委託保証金に振り替えさせたため、この利益を顧客に払い渡す例はきわめて例外的にしかなかった。

2  右の認定によれば、被控訴会社においては、当初から、中間に入った取次業者に取引の委託保証金を支払う意思はなく、また、取次業者の信用、現実の取次の過程及び結果には全く関心が払われず、誰からであれまたどのような方法であれ、顧客となり得る者からより多くの委託保証金の預託されることにのみ関心が持たれ、預託がされるや否やすぐにその委託保証金が費消されたこと、被控訴会社において企図されたところは、たとえ顧客の注文をニューヨーク取引所に取り次ぐ場合においても、委託保証金から確実に収受しうべき手数料を確保することのほか、顧客が建てた玉の差引き数と同数の相対立する自社玉を建てることを通じて、顧客に計数上の損失が生じたときは、その手仕舞による損金及び両建による手数料を自ら得る方法で委託保証金の返還債務を免れることであり、また、顧客に計数上の利益が出たときは、利幅を低く押さえさせ直ちに次の取引に引き込んで払渡しをしないまま手数料と将来の損失によりその利益を食いつぶさせて損失を生じさせる方法により結局同様委託保証金の返還債務を免れることにあり、要するに、被控訴会社においては、顧客に取引による利益を取得させる余地を与えないまま、結局においてもっぱら被控訴会社の内部で費消することを目的に顧客から委託保証金の預託を受けていたことが明らかである。紀栄貿易に対する仲介手数料なるものも、のみ行為が発覚した際に刑事処分を免れる隠れ蓑とする目的で支払われていたと認めるほかはない。

そうすると、被控訴会社においては、このような不当な目的をもちながら、その情を秘して取引の勧誘がされていたのであるから、その取引勧誘行為自体に既に詐欺の故意があり、勧誘行為の全体が違法であることは否定することができず、控訴人との本件取引における無断売買、のみ行為も、被控訴会社における一連の企図の下に行われたことは明らかであり、控訴人の委託に基づくものも含めて、違法であるというほかはない。

3  被控訴人Y1は、被控訴会社の代表取締役として被控訴会社を統括し、被控訴人Y2は、取締役営業部長として顧客と契約をし個々の取引の注文を受ける部署である被控訴会社の営業部の営業行為全体を監督していた。また、被控訴人Y3、同Y4は、被控訴会社の営業担当者として、被控訴人に本件取引を勧誘し、またその一部については、取引の委託のないまま、被控訴会社に注文があったと扱った。そして、被控訴人ら四名は、被控訴会社の収支状況を知悉していた(証人B、前記認定及び弁論の全趣旨)。

この事実及び前記2の検討の結果によれば、被控訴人ら四名は、前記2の被控訴会社における企図を秘して控訴人をニューヨーク・コーヒーの取引に誘引することを共謀したうえ、被控訴人Y3、同Y4が控訴人に対し具体的な不法行為に出たと認めて差し支えなく、いずれも民法七一九条、七〇九条により、連帯して控訴人の損害を賠償すべき義務がある。また、被控訴会社が被控訴人Y1の不法行為については商法二六一条三項、七八条二項の準用する民法四四条一項の規定により、その余の被控訴人三名の不法行為については民法七一五条の規定により損害賠償責任を負うことも明らかである。

四  賠償額の算定について

1  訴訟人は被控訴会社に対し委託保証金名下に一二〇〇万円を預託し、同額の損害を被ったものと認められる。

2  本件訴訟の事案の内容、結果、経過等諸般の事情を総合すれば、本件において控訴人が被控訴人らに損害として請求することのできる弁護士費用の額は一二〇万円と認めるのが相当である。

第四  よって、控訴人の本件請求は全部正当として認容すべきであり、これを排斥した原判決は失当で本件訴訟は理由がある。

(裁判長裁判官 近藤浩武 裁判官 竹江禎子 裁判官 成田喜達)

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